鹿児島地方裁判所 昭和29年(行)6号 判決 1956年5月29日
原告 崎山嗣朝
被告 鹿児島地方検察庁検察官
訴訟代理人 今井文雄 外一名
主文
本訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告が原告に対してなした(一)訴外宮城正一に対する関税法違反被告事件について同人の保釈のため原告が保証した金八万円の保釈保証金没取決定に基ずく昭和二十九年八月六日付納付命令(二)訴外上原健栄に対する昭和二十五年政令第二七七号違反被告事件について同人の保釈のため原告が保証した金二万円の保釈保証金没取決定に基ずく昭和二十九年九月三日付納付命令(三)訴外金城弘に対する昭和二十五年政令第二七七号違反被告事件について同人の保釈のため原告が保証した金二万円の保釈保証金没取決定に基ずく昭和二十九年九月七日付納付命令は、いずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告は前記各納付命令の日の翌日にそれぞれその送達を受けたのであるが、右各納付命令はいずれも次の理由により違法である。すなわち、(一)訴外宮城正一は関税法違反被告事件について、昭和二十五年八月三日に鹿児島地方裁判所において、制限住居を鹿児島市新町八十九番地玉城牛助方、保証金を金十万円と定められて保釈許可決定を受け、その内金八万円については原告の差し出した保証書をもつて保証金に代えることの許可を受けたところ、右宮城正一が同年十二月五日の公判期日に出頭しなかつたため、同月十六日に同裁判所において、保釈取消ならびに保釈保証金全部の没取決定がなされ、右決定は昭和二十九年八月三日に同人に対して書留郵便に付して送達された。ところで右刑事事件の一件記録によれば、同人は遅くとも昭和二十五年十二月十一日以降は前記の制限住居に住所を有しないことが明らかであるのにかかわらず、同裁判所書記官鬼塚富徳は、このことを知りながら前記のとおり書留郵便に付する送達をしたのであるから、この送達は違法であり、前記保釈取消ならびに保証金没取決定は未だ確定していない。したがつて被告が前記保証書を差し出した原告に対し未確定の右決定に基ずく納付命令を発したことも違法である。なお、現行刑事訴訟法は書類の送達について公示送達を許さないため被告人の逃亡を理由とする保釈の取消ならびに保釈保証金の没取決定も直ちに確定させる方法がなくなつたのである。(二)訴外上原健栄は昭和二十五年政令第二七七号違反事件について同年十月二十日に同裁判所において、制限住居を鹿児島市松原町百二十番地上原俊方、保証金を金五万円と定められて保釈許可決定を受け、その内金二万円については原告ならびに訴外上原俊が共同で差し出した保証書をもつて保証金に代えることの許可を受けたところ、右上原健栄が同年十二月十八日の公判期日に出頭しなかつたため、同月十九日に同裁判所において、保釈取消ならびに保釈保証金全部の没取決定がなされたのであるが、同人に対しては右決定は何等送達の手続もされていないから当然未確定のままである。したがつてこの件についても未確定の右決定に基ずく原告に対する納付命令は違法であるのみならず、前記のとおり原告は訴外上原俊と共同で右の保証をしたのであつて連帯保証をしたものではないから、半額金一万円についての納付命令ならともかく、全額金二万円についての納付命令は違法である。(三)訴外金城弘は昭和二十五年政令第二七七号違反事件について同年十月二十三日に同裁判所において、制限住居を鹿児島市易居町百六番地金城実蒲方、保証金を金五万円と定められて保釈許可決定を受け、その内金二万円については原告の差し出した保証書をもつて保証金に代えることの許可を受けたところ、右金城弘が同年十二月十八日の公判期日に出頭しなかつたため、同月十九日に同裁判所において保釈取消ならびに保証金全部の没取決定がなされ、右決定は昭和二十九年九月三日にいたり同人に対して書留郵便に付して送達されたのであるが、この件についても、当時同人が前記の制限住居に住所を有しなかつたことが右刑事事件の記録上明らかであるのにかかわらず、同裁判所書記官補佐藤吉和はこのことを知りながら書留郵便に付する送達をしたのであるから、前記(一)同様右決走は未確定であり、これに基ずく納付命令もまた違法である。以上の次第であるから右各納付命令の取消を求めるため本訴請求に及んだ。」と陳述し、被告の本案前の主張に対し、「刑事訴訟法第四百九十条は財産刑の執行ならびに附加刑としての没収、追徴等に関する執行規定であつて保釈保証金の没取に関する執行規定ではないから被告の主張は理由がない。また本件各納付命令は司法行政官庁である被告のした行政処分に外ならないから、これを違法としてその取消を求める本訴は適法である。」と述べ
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、本案前の主張として、「原告が本訴において取消を求める納付命令は刑事訴訟法第四百九十条の命令であり、この命令は裁判の執行に関する処分であるから、これに対する不服は同法第五百二条の異議によるべきであつて、行政事件訴訟の対象にはなり得ないものである。けだし、一般に刑事手続上の処分についての不服は刑事訴訟法の定めるところによつて審理さるべきもので行政事件訴訟としての審理に親しまないものというべきであるが、とくに右処分のように同法にその不服申立の手続が規定されているものについては、法の趣旨は、これに対する不服申立を一切同法によらせることとし、行政事件訴訟特例法による不服申立を排除するにあると解すべきであるからである。刑事訴訟法第四百三十条第三項はこの当然の事理を注意的に規定したに過ぎないもので、その反面解釈を許す趣旨ではない。されば本訴は不適法であるから却下せらるべきである。」と述べ、
次に本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「(一)訴外宮城正一が昭和二十五年十二月十一日以降その主張の送達先に住所を有しないとの点、同人に対する保釈取消および保証金没取決定が未確定でこれに基ずく納付命令が違法であるとの点、訴外上原健栄に対する保釈取消および保証金没取決定が違法でこれに基ずく納付命令が違法であるとの点、同人の保釈保証金のうち原告が保証書をもつて納付義務を負担する部分が金一万円であるとの点、訴外金城弘が昭和二十九年九月三日頃その主張の送達先に住所を有しなかつたとの点および同人に対する保釈取消ならびに保証金没取決定が未確定でこれに基ずく納付命令が違法であるとの点はいずれも争うが、その余の点はこれを認める。なお訴外上原健栄に対する保釈取消ならびに保証金没取決定は、昭和二十五年十二月二十日に送達ずみである。また、訴外宮城正一、同上原健栄および同金城弘の三名はいずれも本件各送達当時送達先に住所を有し、ただその身柄が一時所在不明であつたに過ぎないから、右各送達はいずれも適法である。(二)原告は本件各保釈取消ならびに保証金没取決定が未送達であるか、あるいは無効の送達が行われたに過ぎないものであるから、未だ裁判としての効力を生じていないとしてこれに基ずく納付命令の効力を争うのであるが、保釈取消決定ならびに保証金没取決定は送達を要しないで成立しかつ効力を生ずる裁判である。刑事訴訟規則第三十四条但書は宣告または送達以外の告知方法を規定するばかりでなく、告知そのものを要しないで成立かつ発効すべき裁判の存在をも認める趣旨と解されるところ、勾引状、勾留状等を発布する裁判がまさに同条の「特別の定めのある場合」に該当し、宣告または送達を要しないで裁判として成立かつ発効し、ただその執行手続上の要件として被執行者にこれを示すことが原則として要求されているに過ぎないことは、広く承認されるところである。けだし、勾引、勾留等の裁判についてあらかじめ宣告または送達を要するとすることはその実効性確保の見地からみて甚だしく不適切で、刑事訴訟法第五十八条、第六十条ないし第六十二条、第七十二条、第七十三条等の諸規定はまさにこの手続を不要とする趣旨と解すべきであるからである。してみれば、その実効性を確保するについて勾引、勾留等より一層宣告または送達を不要とする実質的必要性があり、明文上からもこれらの裁判の場合と比較して格別の差異の認められない(同法第九十六条、第九十八条参照)保釈取消の裁判ならびにこれに附随する保証金没取の裁判についても、刑事訴訟規則第三十四条但書の「特別の定めのある場合」に該当し、宣告または送達を要しないで成立しかつ効力を生ずるものと解すべきことは当然である。かりに被告の右主張が容れられないとしても、本件各裁判について適切な送達が行われたことは前記のとおりであつて、いずれにしても原告のこの点に関する主張は理由がない。(三)原告は訴外上原健栄の保釈に関する金二万円の保証書は原告と訴外上原俊と共同で差し出したのであるから、原告がその責に任ずるのは金一万円にととまると主張するが、原告は当然右金一二万円を負担すべきものである。けだし、元来保証書を共同名義で差し出した場合の法律関係については刑事訴訟法においても刑事訴訟規則においても何等規定がないのであるが、保証書を差し出した者は、何時でもその保証金を納める(同規則第八十七条)べき公法上の義務を負うものであつて、かような刑事手続上の公法関係に基ずく義務について民法第四百二十七条を類推適用することは妥当でなく、事柄の性質上共同名義人の各自がそれぞれ保証書記載金額の全額について納付義務を負担すべきことは当然であるからである。」と陳述した。
<立証 省略>
理由
まず、訴の適法性について判断する。
本件訴が保釈保証金没取決定に基ずきその執行処分として検察官のなした納付命令を違法であるとしてその取消を求めるものであることは、原告の主張自体によつて明らかである。よつて、右納付命令の取消を求める訴が民事訴訟の対象となるか否かの点につき案ずるに、右納付命令が刑事訴訟法第四百九十条によつて発せられるものであること、したがつて、この命令に対して不服のある者は同法第五百二条によつて異議の申立をすることができ、さらにその申立についてした決定に対しては同法第五百四条によつて即時抗告をすることができることについては疑がない。しかして、かように刑事訴訟法上不服申立て手続が規定されている場合には、右納付命令を違法としてその処分自体の取消を求める不服申立は当然同法所定の手続によるべく、このほか別途に、行政事件として民事訴訟を提起することは許されないものと解するを至当とする。されば、本件訴訟物は民事訴訟の対象にはならないので、その余の点について判断するまでもなく本訴を不適法として却下すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森田直記 伊東秀郎 永井登志彦)